四十九日法要に参列する時の心構え


「四十九日」といえば法要。

仏教では故人が亡くなってから七日目に行う
初七日から、四十九日目で忌明けとなります。

死者の霊は仏教では亡くなった日から
七週間はこの世とあの世をさまよっているとされてる。

この期間は新しい生へと生まれ変わる準備をしています。
その間に遺族が丁寧に冥福をお祈りすることで、
亡くなった人は初めて無事に極楽浄土へ
送り届けられるとされています。

この四十九日目が判決の日という節目の日なので、
法要の規模も大きくなるということ。

故人が亡くなってから七週経てば、
残された人も立ち直り、日常生活に
戻っている頃かなと。

人の噂も七十五日、忌明けの四十九日は
ケジメをつけるための良い儀式だなと思います。

ちなみにイスラム教では四十日法要、
キリスト教では30日目に追悼ミサというのがあって、
仏教の四十九日とよく似た集まりがあります。

別所のおばあちゃんの家について、
いつも通り親族の中では末席に座る。

私は長男なんですが、親戚一同の中では
末っ子の長男ということで、私の立ち位置は
いつも末席というのが定番です。

一番下の子供ということで、おばあちゃんには
随分と可愛がってもらった記憶があります。

だけど、親族の中ではいつも目上の人の
ご機嫌を伺っていたところがあると思う。

自分から率先して行動するというよりは、
周りから出されたものをもらう立場。

私に周りをひきつけて歩くリーダータイプが
似合わないのはこういうのが根っこにあるからでしょう。

四十九日の法要も、やっぱり準備が整っている所に
ちょこんと参席するというパターンでした。

ただ、普段は会社をやっていて、
みなさんにお越しいただくお膳立てを多くこなしてきたのと、
自身の結婚式を終えて末席から主賓席へと移って行ったので、
だいぶと周りの人を見る目も変わってきました。

「おじいちゃんの上に乗っけてあげたよ。」

おばあちゃんはいつも、おじいちゃんが好きかと聞くと、
大っ嫌いやあんな人、と答えていました。

施主の長男のおじちゃんは、いっつもおばあちゃんを
からかっていたんだけど、納骨でもブラックジョークが炸裂。
へへへ、と笑うおじちゃん。

私の父が一時期椎間板ヘルニアで歩けなくなった時も、
「鳥の足だ、ぴょんぴょん跳ねとる」と言ってからかいながらも
足を運んで見舞いに来てくれたりしてたし。

最近少し丸くなったけど、いつまでもそのままでいて欲しい。

そんなやりとりを見てたら、ふわっと
おばあちゃんの記憶が降りてきて。

駄菓子屋をやってたおばあちゃんは、
毎月かかさず「小学一年生」~「小学六年生」という
雑誌を私に送ってくれた。

おばあちゃん。と涙がぽろり。

四十九日を過ぎたら、いつまでも弱気になったり、
振り返ってばかりもいてはなりません。
過去は過去、そして次にあるのは未来です。

さあ!目一杯生きるぞ。

20160307104940


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エグゼクティブクラブ代表の吉田です。 エグゼクティブクラブは9年に及ぶ実績を元に多数の成功者を輩出し、 14,000件以上に及ぶメール相談実績、2,700有余名以上の歴代会員サポート実績、 マニュアル・コンテンツ総数3300ページ以上、10名以上の講師陣によるサポート体制、 業界最大級の海外販売・個人輸出の会として、 あなたに的確なアドバイスをさせていただきます。

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