あなただけのブランディング・フォーメーションを作ろう。


「自分ブランディングってどうやって行うんですか?」

といった質問をよく受けるようになりました。

ネット上で質問を受けると言うより、会った時に

話しかけられることが多いですね。

普段から意識して行っているワケではないので、

突然聞かれるとびっくりするんですが、

率直な感想を話すようにしています。

21世紀は個人の時代、確かに自分ブランディングが必要な時代です。

私自身、ヤフーニュースに載ったり、いくつかの取材を受けた

経験はありますが、本を出版しているわけでもないし、

メディア活動を積極的に行ってはいません。

インターネットを使ったビジネスの場合は

どの分野で、何を売るか、そしてどうやって販売していくかを

理論にして体系化していくことができます。

これらの手法は、人に対しても当てはまります。

長年、人に対してどのように向かうべきかだけは

どーしても謎が深くて解けなかったのですが、最近になって

分かったことを、今日はお話ししていきたいと思います。

それは、人付き合いは、SEOと同じだということ。

自分が誰かに良い影響を与えることによって、

人はその影響を受けて大きく成長することができる。

それは、インターネットのSEOで言えば、

被リンクを与えることと同じ効果があります。

あなたが誰かに良い影響を与え、

その人が誰かに良い影響を与えることで

さらにその誰かがあなたにとって良い影響を与える存在になる。

誰かが稼げるようになれば、周り巡ってあなたにも

良い影響をもたらしてくれると言うことですね。

逆に、人の誹謗中傷や国家批判を繰り返して行動しない人は

自ずとそれが自分に跳ね返ってきてダメージを受けるということ。

自己啓発書なんかには

「あなたの親しい友人5人の平均年収があなたの年収だ」

って書いてありますが、これは結構真実味があります。

同じ仲間としてフィールドに引き上げたり、

さらに引き上げられたりすることによって

自分自身が成長することができるんですね。

そういった意味でも、自分ブランディングする上では

あなたが素晴らしいと思う人に、遠慮なく与えることが必要です。

前述の親しい友人5人の話しをすると、大抵の人が

今付き合いのある友人を捨て、「自分より稼いでいる人と付き合おう」

と考える傾向があるようです。

そうではなくて、今同じフィールドにいる人に、

「自分より稼いでもらう」ことで

自分の収入も後を追って更に伸びて行く。

これは、初対面で自分より能力の高い人と付き合うことを考えるよりも

とても簡単なこと。目の前にいる人の能力を伸ばすだけですからね。

そしてそれを真剣に、徹底的にやります。

これは分かっていても非常に難しいこと。

1.縛るより、手放す。

2.叱るより、褒める。

3.与えられるより、与える。

こういったことを普段から意識していないと、中々できないことです。

また、敵に塩を送る。つまりライバルを援護するようなことをするので、

これまた常識からは逸脱してます。

古い固定観念を捨てるまでには、永い時間がかかるかもしれません。

ただ、これは絶対にやった方が良いことですね。

最終的にはあなたの周りの仲間がフォーメーションを組んで

あなたと向き合ってくれるようになります。

私にも辛い時期がありましたが、

「人は同じポジションに留まろうとする力が作用する」ものです。

サラリーマンであった人はサラリーマンであり続けようとする。

起業家は起業家であり続けようとする。

収入が一度は激減しても、また周りに助けられて元に戻るものです。

個々のブランディングでフォーメーションが組めるようになると

非常に強固なカタマリになると言えます。

それは何よりも安心感に繋がって行くんじゃないかなあと。

そう考えて行くと、やっぱり常識の「全部逆」が正解だなって思います。

これが完璧にできる人って、世の中にどのくらいいるだろうか。

私は、まだまだできているとは言えません。

しかし、いつでも必死にこの領域を目指しています。

自分をブランディングするということは、自分も情報発信しながら

実は自分じゃなくて相手をブランディングするということ。

相手のコメントに反応したり、相手の声を聞くということです。

帰ってくる威力がハンパなくなる。

独り言をしゃべるより、声を拾いに行こう。

その人達が、あなたのことを「凄い!」と言ってくれます。

これが、自分ブランディング。

ブランディング・フォーメーションです。

【あとがき1】

このカタマリが、海外だと人種やカテゴリごとにまとまって見えますね。

言語・人種・趣味・仕事ごとに存在します。

世界から見れば、私達なんてまだまだちっぽけだなあと。

それはまだまだ、小さくてあやふや。

これから大きくなるのかもしれません。


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