はじめに

コンピュータウイルスに感染したサイトは、独特な表示をする。
まるで世界一幸運な人になったような表示だ。
やけに明るく、派手にクラッカーが鳴ったような、そして少し寂しげな表示。
ウイルスに感染する方法は、プログラミング教室では教わらない。

「おめでとうございます!あなたが1万人目の訪問者です!」という派手な演出。
当選者は次のページで銀行の暗証番号を入力してしまう。
本物そっくりの偽物の銀行サイトは、ごく僅かなURLの違いを除いて完全に同じように見える。
誰にも破れないパスワードなんてないんだよといわんばかりに。

メッセンジャーアプリで繋がっているコンタクトの1人に声を掛け、zoomでミーティングルームを手配すると、画面に映りこんだその表情は顔に不運と書いてあるぐらいに分かりやすく落ち込んでいた。

「コロナでリゾートバイトがクビになって。工場の派遣もクビになりそうです。」

それを聞いて、ご両親の顔が目に浮かぶ。
ついこの間、親孝行にと貯金をはたいてシンガポールに旅行しにやってきたところじゃないか。
チェックアウト後に荷物を置き場がないだろうから、お茶でもどうぞと私のコンドミニアムにご招待をしたことを思い出す。
青年とご両親は恐縮しきりでやってきて、5分でお茶を飲んで逃げるように帰っていった。
親孝行の息子に田舎暮らしのご両親。
物販はまだ続けているようだけど、成功するにはまだ経験が少なすぎた。

「幹部候補生よ、これから何するかもう一回説明しよっか?それとももうOK?」
“幹部候補”もしくは”リーダー”が彼が気に入ってる落とし文句だ。

「学びの在り方を変える。そのためにはたくさんの人が必要になる。だから僕が必要だ。」
学びの在り方、とはいわゆる旧来型の教育制度のことで、良い高校、良い大学、良い就職先を見つけて安定した収入を得ることを指す。
ところが、これからの時代はテクノロジーの進化によってAI主導の世の中になる。
ムーアの法則によりCPUの性能は18ヶ月ごとに2倍になり、その能力は2年後には2倍、5年後には5.66倍、7年後には11.3倍、10年後には32倍と「指数関数的」に増えていく。

つまり、これまで以上に今までの延長線上の未来を考えていてはいけない時代だ。
最初はゆっくりと、気づかないように、大した計算すらマトモにできないこれらのAIは、すぐにあらゆる社会科の歴史を完全に丸暗記し、高校英語を完璧に翻訳し、大学レベルの数学を即座に解くようになる。
AIはいとも簡単に人間の職を根こそぎ奪い、今まで受け継がれてきた職人の技術を徹底的に置き換え、最後には自動化してしまう。

日本人全員の意識を変えるために、私はまるきり新しいコンセプトのサイトを作った。
https://aqcg.jp/

コンピュータは私にとって最高に美しく、その真理と謎を追いかけて、攻略(ハック)することを仕事にできるなんて、本当に恵まれている。

「よし、OKだね。じゃあマニュアル渡すからやってみて。一緒に世界を変えよう」

青年の頬は上気しているようだった。
人を採用するときは、叶いそうもないぐらい大きな目標を伝えるようにしている。
行きたい場所が決まっていなければ、誰もそこに行けないからだ。
そして1人で行けないぐらい遠い場所でなきゃ、意味がない。
シンガポールに住んでる経営者は、みんなそうしてる。

叶わないかもしれない夢があるなんて、20代の青年にそんな説明はしない。
コンサル生やスタッフを含め、私が今までに出会った一番賢い人の何人かは独身の青年だ。
青年はやる気に満ち溢れ、世の中に不可能がないと信じている。
疑うことがなく、言われた通りに真っ直ぐ立ち向かう。

私はzoomから退出しシステム管理部、略して「シス管」のスタッフの1人としてホスティング会社にメッセージを一通打った。

「サーバの移転を行います。データの損失はありえません。」

このときシス管のスタッフは私しかいなかったけど、別にかっこつけて部署に名前をつけたわけではなかった。
これからこの部署は重要さを増し、増員が必要になる。
今は1人でレンタルサーバを借りてる規模だけど、これから多くのアクセスを獲得してもっと複雑なサーバを構築する必要が出てくるんだ。

青年は意気揚々と仕事を始めていた。
私は彼らが安心して働けるように、仕事を与え、評価した。
誰だって失業したくないはずだ。

彼らは私から新しい職業を得た。
サーバの管理も比較的新しい職業だ。
そして私は職業を守る。

私たちはみんなで未来の職業を作るんだ。   

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