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Airbnbから完全撤退しました。その理由とまとめ後編


時は10年近く前に遡って。
ちょうどトランプ大統領が米朝会談で
宿泊したホテルの近くにある高級住宅街。

いま私がこれを書いてるオフィスのすぐ側に
私はお客様に招待してもらって3週間も
シンガポールにタダで滞在させてもらった
コンドミニアムが今も佇んでいます。

なにかあったら私は神社仏閣ではなく、
このコンドミニアムを見に行く。

近くには巨木が根を下ろしていて、
完成な高級住宅街にあるご神木として
今でも密かに崇めています。

「どうしてこんなに良くしてくれるんですか?」

そう聞いた私に、フランス人でシンガポールに
住む足長おじさんはこう答えました。

「良い商品を送ってくれたからだよ、それに・・」
「それに?なんですか?」
「もし、日本に行くことがあったら泊めてね。」

それを聞いて私はいつか恩返しをしようと
固く決意をしたのでしたことを、今でも
鮮明に覚えています。

しかし私は当時、田舎に住んでいて、
とてもじゃないけどこんな豪華で便利な
場所と釣り合うような家じゃなかった。

家賃5万5千円の一軒家は
スキマ風で障子も破れていて、
冬場はエアコンと石油ヒーターを両方つけても
手がかじかんで動かないぐらいのあばら家。

雨漏りがして、町内会長に
任命されたのをキッカケに引っ越したら
更地になったというぐらいのボロ家でした。

そんな中私は、クソ稼いでいたのです。
人を見た目で判断できないですよね。

eBay輸出からのネットショップを作った後、
少数ながら会社の業績はうなぎのぼりで、
次にAmazon輸出を手掛けようとアメリカに
法人を設立しようと渡米した時にAirbnbを知りました。

予約するのに承認だとかなんだとか面倒だし、
サービスアパートメントなのにロビーじゃなくて
アプリで鍵の受取とかやりとりに無駄が多い。

だけど、凄く流行ってるというので、
試しに日本だとどうなんだろと思って検索してみた。

そしたら日本人に英語を教えてるような
ホストがチラホラ出てきて、予約をいっぱいとってた。

それを見て私は脳天を撃ち抜かれたような
衝撃を受けたのでした。

(これからは転売の時代じゃない、転貸の時代だ!)

日本に帰ってからはAmazon輸出に取り組みつつ、
早速Airbnbでのリサーチを開始しました。

予約が取れているホストのリスティングを
全件データベース化して上から順番に並べてみると
とても面白い傾向がわかってきた。

(立地だ。)

ヒートマップ上に浮かび上がったのは、
人が集まるエリアに殺到する予約。

「よし、ここにしよう!」

私は本体とは別の事業部を密かに立ち上げ、
単身で東京に乗り込んで部屋探しをはじめました。

(人が泊まってない時は自分が泊まりたいな)

東京に別宅があるってなんかイイじゃん。
しかも利益まで出るなんて最高!

そんなこんなで部屋を探し始めたけれど、
さすが激戦区だけあって、検討してる間に
半日も決めかねてる間に別の人に取られてく。

あれ!全然うかうかしてらんないぞ!
物販でもそうだけど、売れる商品は一瞬でなくなる。
即断即決で決めてかなきゃいけなかった。

「よし!ここに決める!!」

最初に決めたのは渋谷区の道玄坂でした。
スタジオタイプのワンルーム。

家賃は10万円ぐらいだったけど、
敷金や礼金、家具代とかで50万はかかる。

とにかく家具代を安く抑えて速攻で出すために
ニトリで全部、注文して引っ越し作業も
自分たちでやることにした。

なんせ、借りるだけ借りといて
リスティングしなきゃ家賃垂れ流し。

いかにオープンまで迅速に持っていけるか、
時間との戦いだった。

そしてオープン当日。

「じゃ、ボタン押します!」
「オッケー!じゃ始めよう!」

密かに始まった予約開始の直後。
猛烈な勢いで予約が入って、
案の定、一瞬で年末まで予約が埋まったのでした。

そして喜んだのも束の間。
売上が青天井になっている時ほど
不測の事態は起こるもの。

「お宅に外人が頻繁に出入りしてると聞いたけど。」

突然、携帯に不動産屋からの呼び出しがあった。
菓子折りを持って翌日田舎から出向いて事情を説明する。

「云々の理由です。ご迷惑はおかけしません。」

民泊をやるのには近隣住民への配慮が
必要だと思い知らされた最初のキッカケだった。

パンツ忘れてったり酒の瓶を転がしたり、
ゴミの分別が出来てないゲストも大勢いた。

長く続けるためにも運営をちゃんとしよう。
そうやって体制を整えることに注力しました。

掃除をする時も自分の部屋の掃除とはワケが違う。
ヒトケを完全に消すぐらい、髪の毛一本落ちちゃダメ。

だから私はトイレの掃除もウォシュレットの
棒を引っこ抜いて毎回、丁寧に洗浄液で洗浄した。

ハウスクリーニングマニュアルを作って、
バイト雇って清掃をしてもらい、
2件、3件と物件を増やしていったのでした。

「もう!こんなのムリです!」

4件ほど物件が増えた頃、
スタッフが悲鳴を上げ始めた。

メッセージの対応も昼夜問わず来るし、
掃除も同時チェックインでギリギリ。

「リネンってこんだけ重いんですよ!」

そう言って、スーツケースに
パンパンになったタオル類を
私に突き出してきた。

あちゃー。。確かにこれは重労働だ。

ゴミを出すのにも曜日が決まってるので
指定日じゃない時は捨てる場所もないまま
持ち帰ってもらうこともあった。

1箇所に集約する拠点でも作らなきゃ、
これは回らなくなるな・・。

それで1つ、在庫部屋を借りた。
経費がかさむ分、物件を増やさなきゃいけない。

拡大を目指せば、止まれない。
暴走する機関車に乗り換えた心境だった。

1エリア20件として一気に増やそう。

その頃にはワンルームはライバルが増えたので、
家族需要を満たすべく、2DKや3DKにも
手を広げることになっていった。

その頃には管理組合にも頻繁に呼び出され、
なんだか他のホストを代表してプレゼンして
回るということを続けてたら界隈で有名な存在に。

ディベロッパーさんやら政府関係者さんやら
別の事業でもそうだけど、いつものごとく
大物さんと繋がることが多くなったのでした。
(仲良くしてるようで、実態は針のむしろ)

一番大きかったのが新築マンション一棟借り。
20室いっぺんに借りて修学旅行みたいな
大口契約取ろうとしたけど、これがテッペン。

そのぐらいの時期に、2020年の
東京オリンピックが決まり、
民泊が大々的に報道されるようになりました。

そこから徐々に、状況が変化していきました。

民泊に関するネガティブなニュースがある度に、
スタッフのみんなも見てるだろうなーと
指揮が下がることを心配するようになりました。

そんな中でリーダーをやってくれてたスタッフは
最後まで文句を言わずに少ない人数で
回せるようになるまで残ってくれました。

というか大半のスタッフが何も言わず
仕事を続けてくれました。

学んだ英語を活用する場があって、
ゲストも満足して喜んでくれてる。

そのお客様の声と根付いた文化のおかげで、
途中で投げ出したり不満を言うこともなく、
淡々と続けてくれた理由なんだろうなと。

これには本当に感謝しています。

しかし3年ぐらい前にニューヨークでの
民泊が短期貸しを大幅に制限したことを受け、
幹部スタッフが退職願を出してきた。

もうこの先の未来は無いでしょうと。
辞めます、と。

げ、これからどうすんねん。。

そこからどうにか続ける方法を模索したけど、
これ以上の規模拡大はムリと判断して、
私は縮小の方向にしっかりと舵を切った。

その頃ちょうど民泊の代行会社が勢力を拡大し、
民泊のリサーチツールを売り出すスタートアップも
テック系のニュースによく出てくるようになりました。

私もその土台は持っていて、
そういえば出資するという打診もありました。

でも、熟慮の末、余ったリソースを
大きく打ち出すことは辞めました。

だって、私が撤収するのに
代行だけ拡大してどーすんの。

お客様が儲かんなきゃ、
Win x Winになんないでしょ。

更新の通知が来ている物件から始めて、
まだ利益が出てる物件もバッサリ解約した。

余った家具どうすんの、と必死で計算したら、
一番オトクなのが捨てることだと判明して
声すら出なかったのを覚えてる。

タダ同然で持ってかれた。

なんとか有効活用する方法は無いだろうか。
結局ババ抜きのババを後に回すことはせず、
ここで断ち切ることが最良だと自分に言い聞かせた。

その上で働いてる人に影響が少なくなるように、
赤字でも最後まで在庫部屋は残し、
誰も立ち寄らなくなった辺りで解約した。

最初の頃に大きく出していた利益が
ここに来て役に立った。

ホントは立ち上げ期から奮闘してくれてた
スタッフが報酬アップを持ちかけてきたこともあり、
出ている利益を分配するかどうしようか悩んだけれど
最後までアップはしなかった。

ケチくさいよね、と自虐しながらも、
自らも在庫部屋で寝泊まりしながら、
倹約をアピールしてたのが最後に生きた。

どんなに頑張ってくれてたとしても、
辞めちゃったらお終いだけど、
私には後始末の責任が最期まで残る。

私の心は、以前と比べて少しだけ摩耗した。

もしかしたら簡易宿所やホテルに切り替えて、
設備投資してガッツリやれば、
上手に利益を出せる可能性はあります。

その分野にチャレンジしている人もいる。
ただ、私は降りることを決断した。

最後のゲストを見送って、
誰の都合であろうと、せっかく日本に来ようと
数ヶ月前から飛行機チケット取って予約して
日本への旅行を楽しみにしてるゲストに
迷惑を掛けるようなことだけは最後までしなかった。

それは、私の誇りです。

また、色んな意見があると思いますが、
私は日本政府の判断を全面的に支持します。

法律は日本政府だけの判断ではなく、
日本国民の総意でもあります。

記念日や嬉しいことがあった時。

私は妻と頂き物のバカラのグラスで乾杯をした。
そのシャンパンは、何よりも美味しくて、
成功者の後味がしたもんです。

いっぱい苦労をかけたんで、
いっぱい背筋が凍る思いをしたんで。

お客様に最大のコミットをしてたけど。

スタッフ、家族にも満足が行き渡るようにして、
新天地で新たな勝負をしています。

それが出来て、私は少しだけ報われている。
最後には何も残らない人が多いから。

次はもっと盤石に、そして末永く。
年始に始めた新規事業は右肩上がり。

連続起業家に、私はなる。

レベル1からでも雑魚寝からでも、
何回だって、やり直す。

目標はただ1つ。
昨日の自分を上回る。

もうスポーツでオリンピックには出れない。
ジェフ・ベゾスも超えられない。
しばらく、無力さに打ちひしがれた。

オンリーワンなんて逃げだ。
ナンバーワンじゃなきゃいけない。

過去最高じゃなきゃいけない。
でも、どうやって?

自己ベストを更新するんだよ。

そしたらあなたは、
ずっとナンバーワンだ。


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